神奈川県中郡二宮町 徳富蘇峰記念館 公式ホームページ

休館日

毎週月曜日
(月曜が祝日の場合は開館し、翌平日休館)

開館時間

10:00~16:00

入場料

一般 700円
高校・大学生 500円
障がい者手帳お持ちの方 500円
*団体割引 (10名様以上)
1割引き
*入館料は庭園入園料も含む
*梅園入園のみは100円

駐車場

*園内3台・無料

特別休館日

*年末年始1週間 

*8月第3週



くまモン来館
         (2013.2.10)
 

 

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新島八重からの6通の手紙展

 平成25年度    特 別 展 示  

 

 

『新島八重からの6通の手紙展』 

 

  同時開催:「祝! 世界文化遺産登録記念・蘇峰と大富士山展」

 

会期:平成25年1月8日(火)~12月8日(日)

 

 

徳富蘇峰記念館には新島八重が徳富蘇峰に宛てた6通の手紙が残されています。
蘇峰は明治9年、同志社英学校に入学し、終生の師となる新島襄と出会います。師を呼び捨てにする夫人・八重を蘇峰は敵視し、鵺(ぬえ)と言い放った逸話は有名です。
そんな八重と蘇峰は明治23年、襄の臨終の場で和解し、6通の手紙はこの年から大正12年までの30年間に及んでいます。
そして八重の手紙が蘇峰を介し、新島襄終焉の地・大磯からほど近い二宮の当記念館に残されたことに深い縁を感じます。
 
新島八重書簡
会津士魂を胸に前向きに生きた八重、そしてその八重へと繋がる襄と蘇峰の師弟愛を展示の中に見ていただけましたら幸いです。 

 

 

展示書簡  

勝海舟書簡
明治23年1月24日付

 

勝海舟からの手紙

蘇峰は熊本から一家をあげて上京した際、赤坂・氷川の勝邸内の借家に住んだことから勝海舟に目をかけられ、海舟の人間的魅力を師である新島襄に伝えたそうです。勝は大学設立のため奔走する新島襄に対して「あせるな、急ぐな」と助言しました。
展示書簡は、新島襄が他界した明治23年1月23日の翌日に蘇峰、金森通倫、小崎弘道に宛てて書かれたものです。新島の事業を継ぐには百難があるだろうが、亡き師のためにやり遂げてほしいと記しています。

新島八重の和歌 (新出)

若松のわが古郷に来てみれば
さき立ものはなみだなりけり

たらちねの御墓のあとをとふことも
今日をかぎりとなくほとゝぎす

この和歌は、八重が最後の帰郷(会津若松・昭和五年四月末)に際して詠んだもので、『同志社同窓会学友会期報五十五』(同年十二月)にも掲載されています。もう戻れないであろう故郷や菩提寺・大龍寺での溢れ出た想いを、襄も覚馬も八重も、そして会津のこともすべてを知る徳富蘇峰に、まずは伝えたかったのだろうと推測されます。 

 
<< 展示書簡一覧 >>

 
新島八重・新島襄・勝海舟・山本覚馬・山川健次郎・徳富蘆花・大山巌・久保田米遷

 

展示美術品

「祝! 富士山 世界文化遺産登録 <蘇峰と大富士山展>」

 
福田眉仙画「富士山と梅」

現在、当館では富士山にまつわる絵画や書を集めた「徳富蘇峰が愛した富士山コレクション展」を開催しております。

そうした中、富士山のユネスコ世界文化遺産登録という大変喜ばしいニュースが伝えられました。そこで、上記の「富士山コレクション展」に新たな“富士山関連”の所蔵品を追加し、会期も大幅に延長し、富士山の世界遺産登録を祝う新たな企画展「祝!世界遺産登録記念・徳富蘇峰と大富士山展」を拡大開催いたします。多くの皆様にご覧いただきたく、ご連絡申し上げます。
日本の象徴・富士山を「二つとない(不二)山」「不死の山」として愛し続けた徳富蘇峰。元日に認める揮毫には、決まって富士の姿を書き入れました。蘇峰を敬愛した画家達は、渾身の“富士山”を描いて贈りました。この機会に、先人達を魅了し続けた、富士山の秘めた魅力や力強さを伝えることができれば幸いです。
 


 << 展示品一覧 >>
 

 ◆日本画 
堅山南風 谷文晁 泥谷文景 平福百穂 福田眉仙 山元桜月 結城素明  吉田初三郎
 

 ◆書・揮毫・和歌 
 徳富蘇峰

 ◆手紙・写真  岡田紅陽 *現在の千円札裏面の「逆さ富士」の原画を撮った写真家    


 ◆観光商業地図  吉田初三郎 *観光用地図には遠く離れていても「富士山」が描かれています   


企画展示のご紹介                                          

 

『辞書を編んだクリエーターたち展』  

 

国の威信をかけ、明治の時代からはじまった辞書・辞典の編纂作業。
この作業に携わった編集人や出版人たちは、十年単位の長い年月をかけて膨大な作業と格闘し、社の屋台骨を揺るがすような多大な経費を投入して、いまに繋がる優れた辞書を競い合うように刊行しました。そうした“辞書を編んだクリエーターたち”と、自他共に認める辞書好きの蘇峰との交流を、
<手紙>や<蘇峰が愛用した当時の貴重な辞書>などを通してわかりやすく描きます。
 
 
会期   平成25年9月10日(火)~12月25日(水)

< 展示書簡・資料 >
■手 紙
・大槻文彦   1847-1928  [国語学者]
・新村出     1876-1967  [言語学者]
・坂本嘉治馬 1866-1938    [冨山房創業者]
・岩波茂雄   1881-1946  [岩波書店創業者]
・大橋新太郎 1863-1944  [博文館社長]
・下中弥三郎 1878-1961  [平凡社創業者]
■辞 書
・『言海(小型版)』  自費出版(明治37年刊)
・『字源』        北辰館(大正14年刊)
・『大言海』       冨山房(昭和7年刊)
・『辞苑』        博文館(昭和10年刊)
・『言苑』        博文館(昭和13年刊)
・『牧野日本植物図鑑』 北隆館(昭和15年刊)
・『明解国語辞典』   三省堂(昭和27年刊)

■特別展示
・『英和対訳袖珍辞書』(慶応2・1866年刊)
 



新村出書簡



『大英和辞典』
冨山房刊行(昭和6年)
14万語と成句3万3千・
文例4万6千収録

 

 

 

『歌舞伎座開場記念 蘇峰が愛した歌舞伎展』  

 徳富蘇峰にとって、夫婦揃っての演劇鑑賞は日頃の楽しみでありました。特に歌舞伎座へはしばしば足を運び、贔屓にしていた初代中村吉右衛門や6代目中村歌右衛門などからの手紙が当館に所蔵されています。
(6代目歌右衛門の俳名・魁春は、歌右衛門という大名跡を襲名した際に蘇峰が贈ったものです)
また、役者以外にも松竹創業者の大谷竹次郎や、演劇学者の河竹繁俊、第3期(1925年1月開場)の歌舞伎座を設計した岡田信一郎らの書簡も残されており、座元をはじめ、役者、劇作家、建築家と幅広い演劇関係者との交流を見ることができます。
今回、歌舞伎座が目出たく新開場を迎えるにあたり、蘇峰が残した歌舞伎にまつわる貴重な資料を集め、この機会にぜひご覧いただきたく、企画展示を行います。
 

 
会期   平成25年4月9日(火)~9月1日(日)

< 展示書簡・資料 >

■書簡
・大谷竹次郎・岡田信一郎・河竹繁俊
・中村吉右衛門と五代目中村歌右衛門の連名

■印刷はがき類   
・御大典記念レヴュー招待状
      (松竹㈱白井松太郎・大谷竹次郎連名)
・六代目中村歌右門の襲名披露興行ご案内
・松本幸四郎・市川染五郎・中村萬之助連名の年賀状
      (昭和31年)
・松竹『元禄忠臣蔵』特別試写会案内状(昭和16年)

■ブロマイド
・中村吉右衛門(嵯峨日記)

■プログラム
・新築落成 歌舞伎座初春開場興行(大正14年1月)
     *第三期開場
・戦時中の公演チラシ(昭和17年)

■名 刺
・初代中村吉右衛門、6代目中村歌右衛門、
   岡田信一郎・静子夫妻

■その他
・中村吉衛門一周忌の「追憶パンフレット」執筆依頼
  (歌舞伎座支配人より)

 


中村吉衛門書簡




岡田信一郎書簡 


蘇峰の山中湖別荘「双宜荘

自筆の「千秋万歳」碑前で

 

 


『徳富蘇峰生誕150年記念

 秘蔵写真150枚に見る 蘇峰の明治・大正・昭和写真展』

 

2015年は徳富蘇峰(1863-1957)が水俣に生れて150年目の年。
それを記念いたしまして、当館では所蔵する数千枚の写真の中から150枚を厳選して、蘇峰の生きた明治・大正・昭和という時代を回顧する企画展を行います。
明治10年に撮影された蘇峰が15歳の時のものから、95歳で亡くなる昭和32年のものまで、ほぼ未発表の写真を中心に下記14のテーマごとに分けた写真パネル展示となっています。
写真1枚ごとに説明を付けていますので、大人から子供まで楽しんでいただける企画となっております。生誕150年は2013年ですが、11月2日が蘇峰の命日にあたり、それにあわせて前倒しで2012年より開催いたします。ぜひ一度ご高覧いただければ幸いでございます。

会期   平成24年11月2日(金)~平成25年6月30日(日)

展示写真:(全150点)
1.蘇峰と静子夫人       8.聴衆を魅了した演壇にて
2.蘇峰と弟・蘆花       9.蘇峰の肖像
3.自動車のある情景      10.蘇峰95年の軌跡
4.昭和初期の宴会風景     11.郷愁の駅頭
5.破顔一笑の蘇峰       12.蘇峰堂(二宮)に於いて
6.講演旅行の途上にて     13.集合写真の中の蘇峰
7.山王草堂(大森)            14.同志社80周年に参加して
 晩晴草堂(熱海)     

 

 



逗子・老龍庵での徳富蘆花と蘇峰
(明治33年・38歳)

静子夫人と・双宜荘にて
(昭和20年10月17日・蘇峰83歳)