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資料一覧 13351 件
資料名 種別 年代 画像 備考
【静子夫人筆】日記「静子夫人「日記」(蘇峰洋行直前)」(明治29年1月10日~12月31日) 日記・手帳類 1896 毛筆書き 12x18cm 『徳富蘇峰記念館所蔵民友社関係資料集』(三一書房)掲載Ⅱ-6〔欧米外遊関係資料〕
【雑誌切り抜き】蘇峰著コラム和綴「山王雑話」(昭和11年1月~6月号) 新聞切り抜き 1936 雑誌切り抜き(赤鉛筆にて校正あり) 18.5x27cm(雑誌記事サイズは13.5x22.5cm) 「1月号新年の独語 2月号女性と宗教 3月号近江商人と其の内助者 4月号書簡の往復に就いて 5月号花岡山殉教碑 6月号自殺の流行」 蘇峰草稿2-210
【雑誌切り抜き】『愛之日本』「果敢遂行」(昭和16年11月18日) 草稿・原稿 1941 印刷物(雑誌切り抜き) 14x21cm(18-21頁) 「本項を校閲しつつある際、我が皇国が大詔を拝して、英米と戦闘状態に入りたることを聴く。大詔を拝して恐懼感激に堪へぬ。我等は光輝ある祖国の歴史に更に光輝を加ふるの光栄を今こそ担ったのだ。聖旨を奉戴して唯だ一死君国に報ぜんのみ(昭和16年12月8日)」 蘇峰草稿2-283
【雑誌切り抜き】『図書館雑誌』記事「書籍と読書」(昭和12年1月) 新聞切り抜き 1937 雑誌切り抜き 19x26.5cmx2枚(4頁) 「題は「書籍と読書」とありまするけれども、多分今日は書籍だけで済むだらうと思ふのです。」  蘇峰草稿2-214
【速記録】講演原稿「洗心洞文庫 歴史上より観たる中江藤樹先生」(昭和4年10月2日) 草稿・原稿 1929 万年筆書き 13.5x19.5cmx128枚(速記と清書の2部) 「小平初子速記 於実業会館」 蘇峰草稿1-80
【謄本】講演草稿「竹田百年祭講演」(昭和9年10月22日) 草稿・原稿 1934 毛筆書き 18.5x26.5cmx20枚(徳富秘書用箋使用) 「10年5月8日 原稿大分県知事田口氏に与ふ」 蘇峰草稿2-172
【謄写】申請書控え「解除申請書」(昭和26年12月18日) その他 1951 毛筆書き 24.5x35cm(毛筆書き2部・万年筆書き2部・封筒3部同封) 「内閣総理大臣吉田茂殿 私は昭和二十六年法律第二六八号の規定に基き覚書該当者としての指定の解除を申請します。 覚書該当者としての指定理由 元言論報国会会長」 蘇峰草稿4-483
【謄写】書簡控え「鳩山薫子宛」(昭和32年) その他 1957 毛筆書き 27x38cm 「この紹介状を持参する新藤千勝は御夫君と老生の多年の同志にして質実剛健なる思想の青年に有之」 蘇峰草稿5-622
【謄写】書簡控え「鳥居先生 小杉先生」(昭和30年6月1日) その他 1955 毛筆書き 20x68cm 「只今エレンケーラ女史及トムソン女史は三度目の来遊を京都に・・」 蘇峰草稿5-581
【謄写】書簡控え「阿南陸相閣下宛」(昭和20年4月10日) その他 1945 謄写資料(万年筆書き) 17.5x26cmx10枚(徳富秘書課用箋使用) 「今回の御就任先以て皇軍の為祝著不過之候。」「老生は五十年来皇軍諸先輩の知遇を忝ふし山県、大山、川上、桂、児玉、寺内等皆な老生を眷顧せらる」「前大臣とは面識なし故に遂に言はんと欲して其の機会を得す候。本書は閣下御一人に差出候ものなれは決して他には御漏しなき様冀申上候 又拝」 蘇峰草稿3-369
【謄写】書簡控え「相馬黒光女史宛」(昭和29年10月18日) その他 1954 万年筆書き 15x17cmx5枚(蘇峰学人用箋使用) 「中村屋主人夫人・相馬黒光女史に対する書簡の返事なり」「毎々朝日新聞にて御意見拝聴何時も敬服して居ります。愛蔵先生の御昇天定めて淋しく御感しになることと思ひますか、然し御令息始め皆様の御健在、中村屋も益々御繁盛て実に御同慶と存します。」 蘇峰草稿5-552
【謄写】書簡控え「無着庵君宛」 草稿・原稿 毛筆書き 17x60cm 「十五日は足利に講演・・」 蘇峰草稿6-650
【謄写】書簡控え「東条首相閣下 私信手控え」(昭和18年2月3日) その他 1943 謄写資料(毛筆書き) 18.5x430cm 「それに就ては元老重臣側官内側等は細心の御注意必要」「過般中村中将を介して申上候」「熱海楽閑荘 徳富猪一郎」 蘇峰草稿3-287
【謄写】書簡控え「東条首相閣下 私信手控え」(昭和18年1月20日) その他 1943 謄写資料(毛筆書き) 18.5x255cm 「閣下は即今日本に於ける最大必須の第一人者なれは呉々御自重・・」「熱海にて 徳富猪一郎」 蘇峰草稿3-304
【謄写】書簡控え「東条首相閣下 私信手控え」(昭和17年11月1日) その他 1942 謄写資料(毛筆書き) 18.5x250cm 「今般官制改革は明治十八年末伊藤第一内閣創立当時の改革と共に比類稀なる大改革にして。」「但た此際大東亜省に就ては首相特別の後援と督励とを必要と信す」「只た希くは余り調子に乗りす・・」「帝大病院付 徳富猪一郎」 蘇峰草稿3-286
【謄写】書簡控え「東条勝子宛」(昭和25年12月23日) その他 1950 毛筆書き 18.5x56cm 「命日出状写」 蘇峰草稿4-463
【謄写】書簡控え「東京永田町内閣恩給局 入江貫一宛」(大正11年9月20日) 草稿・原稿 1922 謄写資料(万年筆書き) 15x17cmx7枚(蘇峰学人用箋使用) 「含雪公に関する貴著御恵贈被下多謝・・」封筒に「蘇叟山県公評 重要手簡 30.6.15」 蘇峰草稿2-198
【謄写】書簡控え「広瀬大人宛」(昭和27年4月) その他 1952 毛筆書き 18.5x138cm 「顧みれば大正七年その稿を起してより已に三十五年続稿いよいよ来る十九日には近世日本国民史の完成の見込に候」「保存」 蘇峰草稿4-492
【謄写】書簡控え「小磯首相閣下 私信手控え」(昭和19年12月17日) 草稿・原稿 1944 謄写資料(毛筆書き) 18.5x170cm 「老生は貴閣及貴内閣には最善の力を以て御支援・・顧問たらさるも顧問のつもりにて存仕致度次第なり 但た顧問なとの名称は八十二翁には不相応にて絶対ご容赦・・老骨かのこのことして出仕するなとは以の外の事に候・・病床にて」「托塩崎氏」 蘇峰草稿3-351
【謄写】書簡控え「小磯大将に与ふるの書 控」(昭和19年7月20日) 草稿・原稿 1944 謄写資料(万年筆書き) 15.5x18cmx5枚(蘇峰学人用箋使用) 「一飽迄主戦一貫たるへき事 一日独の提携を緊密にすへき事 一海軍に活力を輸血する為め末次大将を起用する事 一宣伝省を新設し主戦の政策に一段の強味を加ふへき事」「今日の三大機関情報局、放送協会、新聞紙皆半死半生の情態に在り」「人和を失ふて政府の孤立にあり」 蘇峰草稿3-330
【謄写】書簡控え「小沢凱夫先生」(昭和25年11月30日) 草稿・原稿 1950 毛筆書き 18x25cmx3枚 「蘇峰の主治医」「静峰生記」 蘇峰草稿4-462
【謄写】書簡控え「天野文相宛・陳言一則」(昭和26年4月9日) その他 1951 万年筆書き 25x34cm(二つ折り)・18.5x310cm(自筆毛筆書きあり) 「今日尤も閑却せられたる一は情育なり。」「自治の要は郷土愛より始まる。」「今日の我邦に於て尤も欠乏したるは報恩敬虔崇拝の心なり」 蘇峰草稿4-470
【謄写】書簡控え「天野文相宛・管見一二」(昭和26年4月5日) その他 1951 万年筆書き 25x34cm(二つ折り) 「日本敗戦の原因多端なるも其の根本的の最要点は上下を挙げて各自の責任を忘却したるにあり。恐れながら上は天皇陛下より文官武官国民総階層を挙げて殆んど皆然りとす」「新島は吉田松陰の風格と新英州清教徒の品性とを併有せり」「文部省も老生の知る所によれば森有礼 井上毅の如きは其の尤も昭著なる人物なりき」「教育の要は理論よりも実物にあり 福沢翁も教育は耳より入らずして目より入るものなりと云ふ事是れ名言なり。」 書簡登録あり 蘇峰草稿4-469
【謄写】書簡控え「天野文相宛・第三」(昭和26年4月17日) その他 1951 万年筆書き 25x34cmx2枚(二つ折り)・18.5x128cm(自筆毛筆書きあり)「日本国民教養の大半は支那印度の古典より由来す。印度は支那を経由し来れるものなれば、支那と云へば印度も其中に包含するものと知るべし」 蘇峰草稿4-476
【謄写】書簡控え「加藤司令閣下 私信手控え」(昭和18年1月12日) その他 1943 謄写資料(毛筆書き) 18.5x100cm 「托塩崎氏」 蘇峰草稿3-303
【謄写】書簡控え「久我貞三郎宛」(昭和29年9月20日) その他 1954 万年筆書き 15x17.5cmx6枚(蘇峰用箋使用・下書きあり) 「昨日は存じ懸なく御光臨被下、其の折は又淇水文庫の一件に付き種々従来の成行を申上けましたか逐一御聞き届け被下候様見受誠に快心の至りてありました。」「私は相成る可くは、蘆花弟記念を該文庫に残し度、それか当人の為にも又水俣の為にも、且は同族の私共のためにも・・」 蘇峰草稿5-550
【謄写】書簡控え「中曽根代議士宛」(昭和31年11月29日) その他 1956 鉛筆書き 18x23cmx2枚 「日ソ宣言発後に対する激励書簡」「老蘇先生より」 蘇峰草稿5-608
【謄写】揮毫草稿「先生御揮毫控」(昭和22年) 草稿・原稿 1947 毛筆書き 各種揮毫や賛の控え 「大切」 蘇峰草稿4-435
【謄写】意見書「鳩山一郎宛・管見数則」(昭和27年11月11日) その他 1952 毛筆書き 18.5x325cm 「韮山水宝館に静養中の鳩山一郎氏を訪問の折同氏に手渡されたる管見なり」「占領七個年間の米習払拭の事」「日本人の自覚を取り戻す事」「今日の憂は中流階級の全滅にあり如何にして中流階級を護持すへきかは邦家百年の大計たる事」 蘇峰草稿4-471
【謄写】意見書「横田松雄(福岡早良町長)宛・政綱管見」(昭和26年3月30日) その他 1951 毛筆書き 18.5x158cm 「日本国民族の自主自尊自衛自給」「永世中立絶対平和は机上の空論なり」 蘇峰草稿4-473