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資料一覧 14389 件
資料名 種別 年代 画像 備考
【自筆】講演草稿「昭和の女性(日本連合女子青年団) 於日本青年会館」(昭和10年3月6日) 草稿・原稿 1935 毛筆書き 18.5x620cm 「昭和の時代を日本的に見又た世界的に見。先つ日本的に見れは我国の女性は決して欧米人の云ふ程虐待せられて居ない 寧ろ日本は女尊男卑てはないかと思はるる程た。」「私は日本女性史を著作して見たい」 蘇峰草稿2-179
【自筆】講演草稿「昭和女性講演 歴史の流を通して観たる日嗣皇子の御降誕」(昭和8年) 草稿・原稿 1933 毛筆書き 18.5x1,140cm 封筒「昭和女性講演 昭和10年3月6日」同封 蘇峰草稿2-156
【自筆】講演草稿「時局報の巻頭言」(昭和19年11月10日) 草稿・原稿 1944 毛筆書き 18.5x150cm 「漸く満三個年となった。」「我等は緒戦に陶酔した。」「此の陶酔時代に敵は陣容を立て直した」「戦争を軽視した」「戦争の目的か不明」「我等は今一層戦争気分になり真に国運を賭する覚悟を要する」 蘇峰草稿3-339
【自筆】講演草稿「時局論原稿第一(ナチス独逸は僨崩せり)」(昭和20年5月6日) 草稿・原稿 1945 毛筆書き 18.5x400cm 「但た事此に到れは我等は一層世界に於ける唯一の枢軸国として独立独歩する覚悟を要するなり」 蘇峰草稿3-373
【自筆】講演草稿「時局論原稿第二(形勢は更に逼迫せり)」(昭和20年5月7日) 草稿・原稿 1945 毛筆書き 18.5x355cm 「故に我等は一億人士に向て先つ莫妄想を提唱し一億国民誓て沖縄に於て敵を廃にせんことを昻む可し」 蘇峰草稿3-373
【自筆】講演草稿「更張革新の一時に迫る」(明治28年) 草稿・原稿 1895 毛筆書き 「維新当初の精神、富国強兵の国是を樹立、開国進取の方針を確持・・」 18x123cm 蘇峰草稿1-9
【自筆】講演草稿「書籍と生活」 草稿・原稿 要旨箇条書き 毛筆書き 年代不明 19x27cm 蘇峰草稿1-14
【自筆】講演草稿「朋遠方より来る」 草稿・原稿 要旨箇条書き 毛筆書き 19x23cm 蘇峰草稿1-37
【自筆】講演草稿「東日婦人会講演 日本といわす世界に於ける婦人大解放の時代」(昭和5年10月7日) 草稿・原稿 1930 要旨箇条書き 毛筆書き 18.5x135cm 蘇峰草稿1-86
【自筆】講演草稿「楠公講演 於湊川神社講堂七生館」(昭和10年4月25日) 草稿・原稿 1935 毛筆書き 18.5x820cm 「楠公の命日、六百年前を想像して感激に勝へない。」 18x116cmの「太平記巻第3」の筆書き参考資料同封 蘇峰草稿2-183
【自筆】講演草稿「橋本先生(越前と予、横井小楠、春岳公、吉田東篁、橋本先生)」(昭和3年10月7日) 草稿・原稿 1928 毛筆書き 16x17.5cmx30枚(蘇峰学人用箋使用) 「本郷仏教青年会館に於て」「国の価値は其の国家の産出したる優秀の人物によりて定る」「藤田東湖、吉田松陰」の名も 「景岳書簡(印刷物・赤傍線)」同封 蘇峰草稿1-71
【自筆】講演草稿「此会に関する田中老伯の熱心九十翁 於青山会館」(昭和7年3月21日) 草稿・原稿 1932 毛筆書き 18.5xcm 「原則として殺人は非道。然も戦争は殺人。」「明治天皇、孝明天皇、阿部、堀田、井伊、福沢、福地、橋本左内、吉田松陰、鷹司、近衛、青蓮院、和宮、有栖川宮、松平春岳」の名も 蘇峰草稿1-100
【自筆】講演草稿「歴史は人類と共に生す 於華族会館」(昭和14年3月5日) 草稿・原稿 1939 毛筆書き 15.5x660cm(蘇峰学人用箋使用) 「支那は世界中尤も歴史発達したる国五千年」 蘇峰草稿2-253
【自筆】講演草稿「歴史上より見たる支那と日本 神戸蘇峰会」(昭和6年10月22日) 草稿・原稿 1931 毛筆書き 18x345cm 「日本は毛色の違たる三国支露米。向ふ三軒両隣。」「甲子園ホテル」の封筒 蘇峰草稿1-95
【自筆】講演草稿「歴史家ならさる人々の歴史の興味 於大阪公会堂」(昭和9年10月18日) 草稿・原稿 1934 毛筆書き 第一18.5x300cm 第二18.5x240cm 「自分の理想は科学的精神を以て芸術的技巧を以て而して更に生ける歴史を書て見たい。」 蘇峰草稿2-171
【自筆】講演草稿「決戦訓は時期の宜しきを得ている。」(昭和20年4月23日) 草稿・原稿 1945 毛筆書き 18.5x240cm 「其中ても尤も大切なることは第二条てある 皇土の死守てある」「力の出し惜みは不可てある。乾坤一擲思切て勝利の為めには一切を犠牲と可きてある。これか決戦訓の生命た」 蘇峰草稿3-372
【自筆】講演草稿「沖縄戦後の大計」(昭和20年6月28日) 草稿・原稿 1945 毛筆書き 18.5x345cm 「日本人は莫迦正直なれは瞞し易しとは世界の通評てある。」 蘇峰草稿3-377
【自筆】講演草稿「沼津斯道会五年期に於ける講演」(昭和8年10月10日) 草稿・原稿 1933 毛筆書き 18.5x750cm 「東洋精神の根本義」「池谷観海先生と予とは同甲てある」 蘇峰草稿2-155
【自筆】講演草稿「満州国大使講演・東亜調査会と満州事変 於東日講堂」(昭和10年9月17日) 草稿・原稿 1935 毛筆書き 18.5x155cm 「満州国皇帝陛下の御来訪以来更に一層の親密を加へ来った」 蘇峰草稿2-191
【自筆】講演草稿「満州建国一年祝福之夕 於日比谷公会堂」(昭和8年3月1日) 草稿・原稿 1933 毛筆書き 18.5x180cm 「斯の場合に於て尤も必要なるは両国の心からの提携た。それには双方共に互に十二分の諒解と同情と忍耐力か必要てある。」「双方を離間せんとする者世界に多し。日本は決して弱腰てはない。日本は生命にかけても満州を扶翼する、満州国の前途を見届ける、決して心配無用てある。」 蘇峰草稿1-119
【自筆】講演草稿「演説趣意書・中等社会の政治上に於ける勢力及責任」 草稿・原稿 毛筆書き 15.5x200cm 蘇峰草稿6-696
【自筆】講演草稿「独逸の末路云ふに忍ひす然も彼等は我に大なる教育を残した」(昭和20年5月14日) 草稿・原稿 1945 毛筆書き 18.5x310cm 「我等は決して独逸の二の舞をなしてはならぬ」「今や沖縄の事急。我等は戦争一本、而して其の戦争は沖縄一本てあらねはならぬ」 蘇峰草稿3-374
【自筆】講演草稿「甲府コナヤ旅館に於て」(昭和19年7月6日) その他 1944 毛筆書き 18.5x450cm 「武田信玄公の政治則是なり」 蘇峰草稿3-329
【自筆】講演草稿「皇国も大東亜聖戦以来三回」(昭和20年4月8日) 草稿・原稿 1945 毛筆書き 18.5x230cm 「皇国も大東亜聖戦以来三回 東条 小磯・・鈴木内閣は強化内閣」「毎日」「毎日新聞記事草稿か?」 蘇峰草稿3-368
【自筆】講演草稿「皇室中心主義」(昭和16年12月28日) 草稿・原稿 1941 毛筆書き 18.5x460cm 「皇室中心主義は予か明治四十年代より天下に向て提唱呼号したる要語なり」 蘇峰草稿2-284
【自筆】講演草稿「皇室中心主義の根本義 於一ノ関」(昭和13年6月14日) 草稿・原稿 1938 毛筆書き 18.5x700cm 「次徳富蘇峰先生旭山詩韻 漢詩(昭和10年6月陶山全先清人)」同封  蘇峰草稿2-242
【自筆】講演草稿「目白女子大学(日本女子大)講演 於目白女大講堂」(昭和10年2月11日) 草稿・原稿 1935 毛筆書き 18.5x630cm 「今日は紀元節てある 今日の講演は我等に於ても尤も意義かある」「成瀬翁の件 寄附金 麻生前校長」「日本の歴史には万生一系の皇室 皇室中心の民族かある 混合人種てある。然も皇室を中心として融合している」 蘇峰草稿2-178
【自筆】講演草稿「社会中心主義と自己中心主義」 草稿・原稿 要旨箇条書き 毛筆書き 18.5x20cm 蘇峰草稿1-20
【自筆】講演草稿「社会人と歴史 於銀行倶楽部」(昭和7年11月25日) 草稿・原稿 1932 毛筆書き 18.5x395cm 「歴史を読む可し 歴史は人間学若しくは実践人間学と云ふ可し」「頼朝、尊氏、信長、秀吉、家康」の名も 蘇峰草稿1-109
【自筆】講演草稿「祝賀会挨拶筋書(『国民小訓』)」(大正14年3月19日) 草稿・原稿 1925 毛筆書き 19x190cm 「久邇宮殿下の御咸意、本書起稿の動機、大正7年以来修史、日本の宝は日本歴史」 蘇峰草稿1-63