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資料一覧 13918 件
資料名 種別 年代 画像 備考
【自筆】原稿「自ら戒名を撰して曰く 百敗院頑蘇泡沫居士」(昭和24年1月25日) 草稿・原稿 1949 毛筆書き 18.5x155cm 蘇峰草稿4-448
【自筆】原稿「自伝草案 3-1」(昭和19年) 草稿・原稿 1944 毛筆書き 18.5x265cm 「求仁得仁」 蘇峰草稿3-315
【自筆】原稿「自伝草案 3-2」(昭和19年) 草稿・原稿 1944 毛筆書き 18.5x500cm 「予は未た曽て多数の者に□合詭随したることなし さりとて・・」「人は予を以て世渡上手と云ふ これは余り予を知らさるものなり」 蘇峰草稿3-315
【自筆】原稿「自伝草案 3-3」(昭和19年) 草稿・原稿 1944 毛筆書き 18.5x225cm 「我か一生の最大厄運は洋行帰朝後松方内閣に任官し進歩党崩れに立留りて松方内閣を支持したる際より始ある。」 蘇峰草稿3-315
【自筆】原稿「莫妄想」(昭和16年12月1日) 草稿・原稿 1941 万年筆書き 15.5x18cm(蘇峰学人用箋使用) 「11月10日の日比谷公会堂講演の内容を東日紙に掲載した原稿か?」 蘇峰草稿2-282
【自筆】原稿「薩人と長人とは維新の際に大なる役目を働く」 草稿・原稿 毛筆書き 20x130cm 「世間ては彼等をスパルタとアテネに比す。」「長州人は筋道を考へる薩人は無軌道 薩人は自から勝つものと考へている長人は薩人に負けるものかと恒に薩人を相手とす」「薩人には腹芸の心得かある長人にはそれかない 経済思想にしても薩人は見掛けによらす経済家か多い長人は勿論てある。」 蘇峰草稿6-643
【自筆】原稿「蘇叟雑稿」(昭和31年8月19日) 草稿・原稿 1956 毛筆書き 「20種類の原稿」 蘇峰草稿5-602
【自筆】原稿「蘇峰先生原稿(6稿)」(大正~昭和) 草稿・原稿 万年筆書き 20x23.5x0.8cm 蘇峰用箋の和綴 「剛健質実と女子教育6枚・大正十五年10枚・大義名分7枚・後藤の新運動10枚・咄々怪事8枚・現代の事相6枚」 蘇峰草稿2-153
【自筆】原稿「蘇翁と長寿」(昭和29年12月7日) 草稿・原稿 1954 鉛筆書き 19.5x25.5cmx2枚 「老生は別に長生せんとの考へもなく其の為め長生の方法等研究したる事は一切ありません」「父は枕に付くと同時にすてに大いなるいびきをかいた様てすか私は其の真似は出来ませんか枕に付けば十分ないし二十分内には安眠か出来ます・・これか何よりの私にとっては幸てあります」 蘇峰草稿5-560
【自筆】原稿「蘇翁足跡」(昭和28年11月19日) 草稿・原稿 1953 毛筆書き 18.5x280cm 「蘇翁の足跡は一半は地上一半は地下てある即ち縁の下の力持をして歩て来た」「明治二十七八年後は藩閥退治 その後は挙国一致東亜の興隆に乗り出した」「日露戦争当時は蘇翁の尤も得意時代」「蘇翁は先生として私淑したるは淇水先生新島先生勝海舟翁てある」「蘇翁には大なる自尊心あり彼は何人にも使役せられす」 蘇峰草稿5-535
【自筆】原稿「言志 第一」(昭和20年12月30日) 草稿・原稿 1945 毛筆書き 18.5x435cm 「果然米蘇英支諸国は我か皇室を目標として之を打倒するに全幅の企画と努力とを傾注しつつあり」「東京駅止東京日日事務課御中 熱海温泉清快楼 徳富猪一郎の茶封筒使用」 蘇峰草稿3-383
【自筆】原稿「言志 第三」(昭和20年12月30日) 草稿・原稿 1945 毛筆書き 18.5x415cm 「皇室の敵は必らすしも如上の者に止らす更に皇室及其の味方たる方面を考察する必要あり」 蘇峰草稿3-383
【自筆】原稿「言志 第二」(昭和20年12月30日) 草稿・原稿 1945 毛筆書き 18.5x610cm 「皇室は日本の太陽なり 世界の太陽と云ふことに異存ある者も日本の太陽たることは何人も首肯するところ。」 蘇峰草稿3-383
【自筆】原稿「言志 第四」(昭和20年12月30日) 草稿・原稿 1945 毛筆書き 18.5x480cm 「神州恢復向天誓」 蘇峰草稿3-383
【自筆】原稿「言志」(昭和20年12月10日) 草稿・原稿 1945 毛筆書き 18.5x570cm 「予は二十年八月十五日主上御放送謹聴す 同時に皇国の一大墜落を自覚せり。同時に予も亦一大墜落を決心せり。最初は即時自決せんとの念動けり然も考慮の上それは却て逆効果を来すへきを覚り寧ろ生存して大東亜聖戦の大義を彰明するの必要を感し暫らく思ひ止まり。」「口述筆記版もあり」蘇峰草稿4-396
【自筆】原稿「諸草稿」 草稿・原稿 毛筆書き 巻紙を中心に15部 蘇峰草稿6-690
【自筆】原稿「赤弟烈女広瀬秋子」 草稿・原稿 万年筆書き 16x17.5cmx8枚(蘇峰学人用箋使用) 実際は7枚で頁取りで8枚 蘇峰草稿2-157
【自筆】原稿「軍官民各位に告く(重要文書・埋葬原稿)」(昭和19年6月27日) 草稿・原稿 1944 万年筆書き 15x16.5cmx16枚(蘇峰学人用箋使用) 「今や我か皇国は、安危存亡の決する十字街頭にたって居る。」「文末に昭和19年6月25日、封筒には6月27日」「陸軍中佐 安村勲」の名刺同封 蘇峰草稿3-332
【自筆】原稿「近此東京に開かんたるペンクラブの会合は・・」(昭和32年9月13日) 草稿・原稿 1957 毛筆書き 20x135cm 蘇峰草稿5-620
【自筆】原稿「逗子追遠文庫開館式談話」(昭和32年5月7日) 草稿・原稿 1957 毛筆書き 20x200cm 「逗子老龍庵談話の要旨」 蘇峰草稿5-615
【自筆】原稿「郷土愛」(昭和27年4月15日) 草稿・原稿 1952 毛筆書き 18.5x415cm 「近比は我邦ても国家なとと云ふことは流行せぬこととなれり 此れは国家主義の日本か世界の脅威たることを慮りて日本より愛国心を追放せんか為めに外人の指金による」「彼等は日本より一切の武装を取り上け丸裸にしたるはかりてなく其の護国の精神をも丸裸にせんとしたるものなり」 蘇峰草稿4-494
【自筆】原稿「鏡泊学園の悲信」 草稿・原稿 万年筆書き 16x17.5cmx8枚(蘇峰学人用箋使用) 蘇峰草稿2-158
【自筆】原稿「雑誌『キング』原稿第一・太平洋戦後の青年諸兄男女」(昭和27年9月2日) 草稿・原稿 1952 毛筆書き 18.5x185cm 「恐らくは日本に於ける活ける歴史の一人」「日本の歴史は第一外国の文物及人間を招来し第二鎖国自給自足第三期は開国進取てある。」 蘇峰草稿4-505
【自筆】原稿「雑誌『キング』原稿第二・青年」(昭和27年9月2日) 草稿・原稿 1952 毛筆書き 18.5x246cm 「責任観念の第一は此の日本国を相続すること而して此国を世界に於ける模範的国家たらしむることてある それには国家に奉仕することか第一義てある」 蘇峰草稿4-505
【自筆】原稿「食資繋国運」(昭和18年1月10日) 草稿・原稿 1943 鉛筆書き 15x16.5cmx1枚(蘇峰学人用箋使用) 「入用」 蘇峰草稿3-358
【自筆】原稿「養蓮寺鐘銘初稿」(昭和30年7月1日) 草稿・原稿 1955 毛筆書き 20x95cm 他に80cmの巻紙と蘇峰学人用箋6枚あり 「鶏足山智光院養蓮寺は・・」「蘇峰菅原正敬撰頽齢九十三」 蘇峰草稿5-584
【自筆】原稿控え「勅諭案 東条内閣」(昭和19年7月1日) 草稿・原稿 1944 毛筆書き 42.5x31.5cmx3枚(蘇峰用箋使用)「封筒に直筆朱墨で「勅諭案 東条内閣19.7.1」」「最終版か?」 蘇峰草稿3-327
【自筆】原稿控え「東条首相に手交の原稿(詔勅案)」(昭和19年7月1日) 草稿・原稿 1944 毛筆書き 18.5x165cm 「我か陸海の将兵と我か百僚有司と我か有衆と渾然一体となり以て朕の期待に順し・・」 蘇峰草稿3-326
【自筆】国民新聞社原稿紙「第一面二号 大西洋上の光景 蘇峰生」 草稿・原稿 毛筆書き 年代不明 14.5x21cm 蘇峰草稿1-15
【自筆】夕刊原稿「日本国民の行く可き道(1月初刊の夕刊)」(昭和8年1月1日) 草稿・原稿 1933 万年筆書き 16x17.5cmx7枚(蘇峰学人用箋使用) 蘇峰草稿1-116