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資料一覧 13477 件
資料名 種別 年代 画像 備考
【自筆】講演草稿「歴史は人類と共に生す 於華族会館」(昭和14年3月5日) 草稿・原稿 1939 毛筆書き 15.5x660cm(蘇峰学人用箋使用) 「支那は世界中尤も歴史発達したる国五千年」 蘇峰草稿2-253
【自筆】講演草稿「歴史上より見たる支那と日本 神戸蘇峰会」(昭和6年10月22日) 草稿・原稿 1931 毛筆書き 18x345cm 「日本は毛色の違たる三国支露米。向ふ三軒両隣。」「甲子園ホテル」の封筒 蘇峰草稿1-95
【自筆】講演草稿「歴史家ならさる人々の歴史の興味 於大阪公会堂」(昭和9年10月18日) 草稿・原稿 1934 毛筆書き 第一18.5x300cm 第二18.5x240cm 「自分の理想は科学的精神を以て芸術的技巧を以て而して更に生ける歴史を書て見たい。」 蘇峰草稿2-171
【自筆】講演草稿「決戦訓は時期の宜しきを得ている。」(昭和20年4月23日) 草稿・原稿 1945 毛筆書き 18.5x240cm 「其中ても尤も大切なることは第二条てある 皇土の死守てある」「力の出し惜みは不可てある。乾坤一擲思切て勝利の為めには一切を犠牲と可きてある。これか決戦訓の生命た」 蘇峰草稿3-372
【自筆】講演草稿「沖縄戦後の大計」(昭和20年6月28日) 草稿・原稿 1945 毛筆書き 18.5x345cm 「日本人は莫迦正直なれは瞞し易しとは世界の通評てある。」 蘇峰草稿3-377
【自筆】講演草稿「沼津斯道会五年期に於ける講演」(昭和8年10月10日) 草稿・原稿 1933 毛筆書き 18.5x750cm 「東洋精神の根本義」「池谷観海先生と予とは同甲てある」 蘇峰草稿2-155
【自筆】講演草稿「満州国大使講演・東亜調査会と満州事変 於東日講堂」(昭和10年9月17日) 草稿・原稿 1935 毛筆書き 18.5x155cm 「満州国皇帝陛下の御来訪以来更に一層の親密を加へ来った」 蘇峰草稿2-191
【自筆】講演草稿「満州建国一年祝福之夕 於日比谷公会堂」(昭和8年3月1日) 草稿・原稿 1933 毛筆書き 18.5x180cm 「斯の場合に於て尤も必要なるは両国の心からの提携た。それには双方共に互に十二分の諒解と同情と忍耐力か必要てある。」「双方を離間せんとする者世界に多し。日本は決して弱腰てはない。日本は生命にかけても満州を扶翼する、満州国の前途を見届ける、決して心配無用てある。」 蘇峰草稿1-119
【自筆】講演草稿「演説趣意書・中等社会の政治上に於ける勢力及責任」 草稿・原稿 毛筆書き 15.5x200cm 蘇峰草稿6-696
【自筆】講演草稿「独逸の末路云ふに忍ひす然も彼等は我に大なる教育を残した」(昭和20年5月14日) 草稿・原稿 1945 毛筆書き 18.5x310cm 「我等は決して独逸の二の舞をなしてはならぬ」「今や沖縄の事急。我等は戦争一本、而して其の戦争は沖縄一本てあらねはならぬ」 蘇峰草稿3-374
【自筆】講演草稿「甲府コナヤ旅館に於て」(昭和19年7月6日) その他 1944 毛筆書き 18.5x450cm 「武田信玄公の政治則是なり」 蘇峰草稿3-329
【自筆】講演草稿「皇国も大東亜聖戦以来三回」(昭和20年4月8日) 草稿・原稿 1945 毛筆書き 18.5x230cm 「皇国も大東亜聖戦以来三回 東条 小磯・・鈴木内閣は強化内閣」「毎日」「毎日新聞記事草稿か?」 蘇峰草稿3-368
【自筆】講演草稿「皇室中心主義」(昭和16年12月28日) 草稿・原稿 1941 毛筆書き 18.5x460cm 「皇室中心主義は予か明治四十年代より天下に向て提唱呼号したる要語なり」 蘇峰草稿2-284
【自筆】講演草稿「皇室中心主義の根本義 於一ノ関」(昭和13年6月14日) 草稿・原稿 1938 毛筆書き 18.5x700cm 「次徳富蘇峰先生旭山詩韻 漢詩(昭和10年6月陶山全先清人)」同封  蘇峰草稿2-242
【自筆】講演草稿「目白女子大学(日本女子大)講演 於目白女大講堂」(昭和10年2月11日) 草稿・原稿 1935 毛筆書き 18.5x630cm 「今日は紀元節てある 今日の講演は我等に於ても尤も意義かある」「成瀬翁の件 寄附金 麻生前校長」「日本の歴史には万生一系の皇室 皇室中心の民族かある 混合人種てある。然も皇室を中心として融合している」 蘇峰草稿2-178
【自筆】講演草稿「社会中心主義と自己中心主義」 草稿・原稿 要旨箇条書き 毛筆書き 18.5x20cm 蘇峰草稿1-20
【自筆】講演草稿「社会人と歴史 於銀行倶楽部」(昭和7年11月25日) 草稿・原稿 1932 毛筆書き 18.5x395cm 「歴史を読む可し 歴史は人間学若しくは実践人間学と云ふ可し」「頼朝、尊氏、信長、秀吉、家康」の名も 蘇峰草稿1-109
【自筆】講演草稿「祝賀会挨拶筋書(『国民小訓』)」(大正14年3月19日) 草稿・原稿 1925 毛筆書き 19x190cm 「久邇宮殿下の御咸意、本書起稿の動機、大正7年以来修史、日本の宝は日本歴史」 蘇峰草稿1-63
【自筆】講演草稿「神風精神」(昭和19年11月4日) 草稿・原稿 1944 毛筆書き 18.5x245cm 「神風精神の本義」「我国に於て武士道を教育するも武士道とは封建時代其の直接の主君に対する忠節を奨励するに・・」 蘇峰草稿3-338
【自筆】講演草稿「第八十七議会の成績」(昭和20年6月14日) 草稿・原稿 1945 毛筆書き 18.5x335cm 「沖縄攻防戦真最中に第八十七議会は開催せられた。正直に云へは、我等は政府にも議会にも失望した。」「兎角官僚は小細工か好だ。鈴木内閣は何故に時局に必須なる憲法第三十一条大権の発動を奏請しなかった乎」 蘇峰草稿3-376
【自筆】講演草稿「米国の真面目 於日比谷翼荘」(昭和19年10月7日) 草稿・原稿 1944 毛筆書き 18.5xcm 「米人は英人の海賊に山賊を加味したるもの。米人の征服欲。東洋の日本もその征服欲の標的となっている。若しその日本人か此際米人と向て戦争ても打切ふと云ふたなら如何。よし来た。彼等は日本を第二の布哇とするは当然た。」 蘇峰草稿3-334
【自筆】講演草稿「米国伐謀論 第一」(昭和20年8月7日) 草稿・原稿 1945 毛筆書き 18.5x350cm 「孫子曰上兵伐謀我等は今敵米英の謀を伐つへし」「彼等アングロサクソンの如く切取強盗の戦争てはない。・・義戦てある聖戦てある天皇陛下の御戦てある」 蘇峰草稿3-381
【自筆】講演草稿「米国伐謀論 第二」(昭和20年8月7日) 草稿・原稿 1945 毛筆書き 18.5x550cm 「彼等の厭戦気分は是亦我等の想像以上てある。我等は近く英国総選挙の一例を挙けれは足る。」 蘇峰草稿3-381
【自筆】講演草稿「米沢講演 謙信公と鷹山公」(昭和3年5月7日) 草稿・原稿 1928 毛筆書き 16x17.5cmx23枚(蘇峰学人用箋使用) 「米沢に於て謙信公及鷹山公を語るは本末転倒の看かある」「武将7名(毛利元就~徳川家康)の生没年表」同封 蘇峰草稿1-68
【自筆】講演草稿「紀元節録音」(昭和30年2月11日) 草稿・原稿 1955 毛筆書き 19.5x230cm 「満堂の皆様今日此処に集りて紀元節を祝することを無上の幸福 紀元節は神武天皇橿原即位の日を以て我邦の紀元節としたるもの」「昭和三十年一月二十五日」 蘇峰草稿5-576
【自筆】講演草稿「緊要書類」 草稿・原稿 毛筆書き 巻紙x6、メモ紙x2 「予は当初此会に出席するを辞せんとせり。然れとも其の事情を聞き慈善の心を以て教育の目的を行ふ」 蘇峰草稿6-663
【自筆】講演草稿「聴て極楽見て地獄 新聞社会の変動 二大武器は記憶と達筆とにあり」 草稿・原稿 要旨箇条書き 毛筆書き 19x158cm 蘇峰草稿1-39
【自筆】講演草稿「自分は不幸にして監獄に経験なし(或は仕合かも知らぬ)」(明治35年10月19日) 草稿・原稿 1902 要旨箇条書き 万年筆書き 11.5x17.5cm(両面) 蘇峰草稿1-19
【自筆】講演草稿「薩人と長人とは其の性格か一致せす」 草稿・原稿 毛筆書き 18.5x137cm 蘇峰草稿4-475
【自筆】講演草稿「蘆花記念碑落成式(於香山)」(昭和3年5月) 草稿・原稿 1928 毛筆書き 19.5x43.5cm 蘇峰草稿1-70