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資料一覧 13351 件
資料名 種別 年代 画像 備考
【自筆】原稿「予の雅号は少壮時代には七十二峰生と云ふ(第一)」(昭和19年11月11日) 草稿・原稿 1944 毛筆書き 18.5x155cm 「これは山陽の三十六峰に二を乗したるなり」「大江生と云ふこれは・・」「或は而立学人と称すこれは・・」「・・偶然蘇文生と署せり。」「蘇峰の噴煙を・・」 蘇峰草稿3-341
【自筆】原稿「事功の興味」 草稿・原稿 毛筆書き 15.5x20cmx12枚(国民新聞社原稿紙十九字詰使用・帖仕立て) 蘇峰草稿6-686
【自筆】原稿「人間は奉仕によりて人類の福祉を保全するものなり」 草稿・原稿 毛筆書き 18.5x100cm 「天皇には天皇の奉仕あり 資本家には資本家の奉仕あり・・奉仕は老人にも青年にも男女の別なく奉仕の義務あり」 蘇峰草稿3-364
【自筆】原稿「修史余筆残稿二片(実務家としての白石・白石と其女の結婚)」(昭和23年2月3日) 草稿・原稿 1948 万年筆書き 17x18cmx8枚、8枚 「大正十二年九月一日関東大震火災の為め修史余筆原稿の散逸若しくは焼失したるも十八節其中十節は漸く之を回収して・・説明書きあり」 蘇峰草稿4-436
【自筆】原稿「俳句集」(昭和31年4月24日) 草稿・原稿 1956 毛筆書き 20x140cm 「自述、水前寺など」 蘇峰草稿5-593
【自筆】原稿「俳句集第二」(昭和31年5月4日) 草稿・原稿 1956 毛筆書き 20x200cm 「初島、朴樹、病床雑詠、桜など」 蘇峰草稿5-593
【自筆】原稿「冷淡生涯」(昭和2年1月23日) 草稿・原稿 1927 万年筆書き 17x18cmx20枚(蘇峰学人用箋使用) 「貴重文書 昭和23年4.2の封筒あり」 蘇峰草稿4-442
【自筆】原稿「勝利者の悲哀 余禄第一」(昭和27年8月8日) 草稿・原稿 1952 毛筆書き 18.5x150cm 「本書は予か八十八歳昭和二十五年一九五〇年著作したるものなり・・マッカーサーは帰任 日本は名義たけても兎も角も独立自主の国となった」「併し日本は未た自力て自ら守ること能はす 占領軍は駐留軍として依然存在す 此の雨天てもない晴天てもなき時節か姑らく日本に存続するならん」 蘇峰草稿4-502
【自筆】原稿「勝利者の悲哀 余禄第二」(昭和27年8月9日) 草稿・原稿 1952 毛筆書き 18.5x180cm 「元来日米の関係は彼理ハリス以来良好てあった。日本人は露人を恐怖し英米人を尊敬した 予は日英同盟の主唱者 サトウの渉書を以て英国タイムス記者に紹介」 蘇峰草稿4-502
【自筆】原稿「勝田氏序文」(昭和31年4月29日) 草稿・原稿 1956 毛筆書き 19.5x165cm 「勝田重太郎君は現代新聞界の奇才也。」「君は信州男児として信州気質の持主たり。」 蘇峰草稿5-595
【自筆】原稿「北海道は太平洋終戦と同時我か日本に於ける国家経済上又国防上尤も重要の地点となった」 草稿・原稿 毛筆書き 20x275cm 「北海道の今日ある皆明治天皇の賜てある」 蘇峰草稿6-667
【自筆】原稿「吾友留岡氏」(昭和19年) 草稿・原稿 1944 毛筆書き 16x17.5cmx3枚(蘇峰学人用箋使用) 蘇峰草稿3-358
【自筆】原稿「国民史序文原稿」(昭和14年1月11日) 草稿・原稿 1939 万年筆書き 15.5x18cmx21枚(蘇峰学人用箋使用) 「例言 一・・」 蘇峰草稿2-251
【自筆】原稿「国民史序文原稿」(昭和14年5月3日) 草稿・原稿 1939 万年筆書き 15.5x18cmx21枚(蘇峰学人用箋使用) 「例言 一・・」「熱海ホテルの一室に於て」 蘇峰草稿2-254
【自筆】原稿「天は自ら助くる者を助く」(昭和29年5月9日) 草稿・原稿 1954 毛筆書き 18.5x70cm 「一切の責任は自分か負ふへきもの」「此の意外の時の覚悟か大切てある」「第二は諦めてしたばた騒かす其の成行に任すること 我か一心を以て環境を征伐すると云はす環境に一任することてある 自から顧みて疾しからさることか尤も必要てある」「・・晩晴草堂訪問の折左記草稿に因り老蘇先生三十分間に渡り御話を賜る 静峰生記」 蘇峰草稿5-544
【自筆】原稿「太田亮君の『姓氏家系大辞典』に就て」 草稿・原稿 万年筆書き 15.5x17.5cmx7枚(蘇峰学人用箋使用) 蘇峰草稿6-670
【自筆】原稿「富士山に就て」(昭和28年6月10日) 草稿・原稿 1953 毛筆書き 18.5x130cm 「老生は日本人として富士山を愛好し且つ尊敬す 富士は日本に於ける自然界の象徴てある」「明治九年十四歳の時遠州洋上より始めて望む」「彼理の来航の際も不二に心を打たる記事あり」 蘇峰草稿4-514
【自筆】原稿「小楠頌徳文」 草稿・原稿 万年筆書き 15.5x17.5cmx10枚(蘇峰学人用箋使用) 「他に原稿8枚あり」「維新開幕に際して和戦両党の運動及其の対抗運動・廃藩置県の顛末」 蘇峰草稿6-697
【自筆】原稿「山室軍平選集序文原稿」(昭和30年8月27日) 草稿・原稿 1955 鉛筆書き 15x17.5cmx4枚(蘇峰学人用箋使用) 「山室武甫氏依頼 30.8.15」「山室武甫名刺同封」 蘇峰草稿5-563
【自筆】原稿「弓矢は人類創始に際し生活必須の要具として発明せられ・・」(昭和29年4月17日) 草稿・原稿 1954 毛筆書き 18.5x117cm 「今や沢弁護士の捐資発起により斯の道場の開設らるるは洵に昭代の慶事にして我等の祝賀に禁へさる所なり」 蘇峰草稿5-541
【自筆】原稿「徳富氏と逗子の関係」 草稿・原稿 毛筆書き 20x62cm 「明治二十五年より始まる」「淇水翁夫婦は逗子永住を決したるは明治二十六年にあり 二十九年に新邸出来尓来今日に到れり 蘆花夫婦は此縁によりて逗子との関係は出来たり」 蘇峰草稿6-684
【自筆】原稿「忠孝伝家」(昭和21年7月2日) 草稿・原稿 1946 毛筆書き 18.5x310cm 「家族制度は我か皇室制度に次て皇国本来の国風にして千載護持す可き宝典なり 家族制度の要は家長を中心とし・・」「宮越家は信州稲荷山の旧家にして・・宮越家に宛てたものか?」「頑蘇陳人」「漢詩草稿同封あり」 蘇峰草稿4-411
【自筆】原稿「憂国苦言」 草稿・原稿 万年筆書き 15.5x17.5cmx7枚(蘇峰学人用箋使用) 「犬養首相の横死は、維新以来政治史上に於ける、特□の悲惨事てあり、且つ不祥事てある。」 蘇峰草稿6-673
【自筆】原稿「我京都を愛す」 草稿・原稿 G-71 毛筆書き 20x140cm 「予もせめて一片の骨を新島先生墓畔に埋め度」「大人は世界を以て墳墓とする」 蘇峰草稿6-640
【自筆】原稿「故郷忘れ難し強て熊本弁の押売」(昭和32年9月30日) 草稿・原稿 1957 毛筆書き 20x155cm 蘇峰草稿5-621
【自筆】原稿「教化の効果」(昭和13年10月21日) 草稿・原稿 1938 万年筆書き 15.5x18cmx12枚(第一と第二計)(蘇峰学人用箋使用) 「当今の急務は、日本学を構成し、之を以て日本国民教育の基調となし、全日本国民をして、之に遵由せしむことてある。」  蘇峰草稿2-247
【自筆】原稿「教育に付て」(昭和31年5月12日) 草稿・原稿 1956 毛筆書き 20x220cm 「日本国は永久に存在すへき乎。大和民族は永久に存在すへき乎」「タブロイド版教育宣言(日本文教人連盟)同封」「塩崎宛佐藤通次書簡同封」 蘇峰草稿5-596
【自筆】原稿「新島は幸運なれともその幸運は自己の人格によりて得たるものなり」 草稿・原稿 毛筆書き 20x55cm 蘇峰草稿6-660
【自筆】原稿「新島先生を語る」(昭和28年11月24日) 草稿・原稿 1953 毛筆書き 18.5x340cm 「永き生涯には種々の人物に遭逢日本はかりてなく欧米中国朝鮮等千百を数ふ」「先生との初対面一見先生に魅了せられた 先生は三十四予は十四」「日本の教育は福沢先生の功利一点張てあった 然るに一人先生は西洋文明の根本たる基督教精神を以て日本を救済せんとするにあった」「私は同志社在学中人間の貴きことを教えられた。先生は心から人間の平等を認めた。」「私は先生に洗礼を返上した 私は先生の夫人に対しては随分非礼の言説をなした。」 裏打ち済 蘇峰草稿5-537
【自筆】原稿「新島先生言行録題辞」(明治24年9月日) 草稿・原稿 1891 毛筆書き(G-292) 20.5x24cmx6枚 『徳富蘇峰記念館所蔵民友社関係資料集』(三一書房)掲載Ⅴ-1〔諸関係資料〕