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資料一覧 13474 件
資料名 種別 年代 画像 備考
【口述筆記】覚え書き(備忘録)「葬儀の事、蘆花の事」(昭和31年10月6日) その他 1956 鉛筆書き 18x23.5cmx4枚 「葬儀の時には弔辞は読まぬ事、厳にその様にする事・・」 蘇峰草稿5-605
【口述筆記】覚え書き(備忘録)「蘇峰先生が山麓社長堀内一雄氏に語られし双宜荘並双宜園 新宜園を同志社に贈るに付ての一部筆記」(昭和29年10月26日) その他 1954 鉛筆書き 19.5x25.5cmx4枚 「社長の他、小林、星野両氏、老先生、塩崎 於山中皆宜荘」「ここには執着かあって、歴史も主用な歴史は大概ここて書いて二十年も九月十四日迄はここて書いていた・・ここから牢屋え行きたいと思っていた処一向その沙汰がないから十一日熱海に帰へったはけてあります」「私も少し志を立てて自分の母校の同志社を自分の子の様にしてここを継かせたい」 蘇峰草稿5-555
【口述筆記】訓示「京日訓示」(明治43年10月8日) その他 1910 毛筆書き 18.5x85cm 『徳富蘇峰記念館所蔵民友社関係資料集』(三一書房)掲載Ⅲ-4〔『京城日報』関係資料〕
【口述筆記】詩稿「双宜園寓目」(昭和19年) 草稿・原稿 1944 万年筆書き 17.5x26cmx8枚(徳富秘書課用箋使用) 「甲申十二月初一偶感など」 蘇峰草稿6-629
【口述筆記】詩稿「天風海涛巻歌控二十二首」(昭和21年4月29日) 草稿・原稿 1946 毛筆書き 18.5x26cmx8枚(民友社編輯局原稿紙使用) 「頑蘇逸民頽齢八十又四」「蘇峰堂秘蔵」 蘇峰草稿4-407
【口述筆記】詩稿「楽事十首」(昭和23年12月28日) 草稿・原稿 1948 万年筆書き 15x16.5cmx7枚(蘇峰学人用箋使用) 「佐佐木信綱の朱筆添削あり」「新いもの蒸し揚りたる湯気ふきふきたうぶる時をよろこぶ吾は」「勝太郎の三階節を聴く時は世をも吾をも忘れて楽し」「大君の万歳唱へ潔く勇み死に就くあはれ吾友」 蘇峰草稿4-445
【口述筆記】詩稿「為小川女史」(昭和26年9月24日) 草稿・原稿 1951 毛筆書き 18.5x96cm 「屏風一双御揮毫」 蘇峰草稿4-481
【口述筆記】詩稿「蘇翁詠草(三)」(昭和21年~28年) 草稿・原稿 1946 万年筆書き 13x19x厚さ4cm 「昭和21年9月25日以後」「吾園十首(昭和19年11月21日)貼付あり」 G-316 蘇峰草稿4-398
【口述筆記】詩稿「詠」(昭和25年) 草稿・原稿 1950 万年筆書き 18x25cmx29枚(二つ折り) 「八十八自述十首」「愚かなる身にはあれども神は吾によき父母と師とを賜ひぬ」「よしあしは人に任せて五百年の後のさばきを待ちてあらむ吾は」 蘇峰草稿6-630
【口述筆記】詩稿「詩草」 草稿・原稿 鉛筆書き 15x22.5cmx2枚 蘇峰草稿6-639
【口述筆記】詩稿「阿蘇十二首」(昭和27年6月19日) 草稿・原稿 1952 毛筆書き 18.5x120cm 「今も尚忘れさらむか山の神名付の親は復も来りぬ(熊本地理学者角田政治君吾合撰大観峰名)」「佐佐木信綱先生御加筆を乞」「赤筆は佐佐木先生加筆」 蘇峰草稿4-498
【口述筆記】誓文「言論報国会主催国民大会誓文原稿 於日比谷公会堂」(昭和20年1月17日) 草稿・原稿 1945 毛筆書き 28x39.5cm 19.5x26cm 「暴戻非道の敵米は遂に皇国神聖の神域に投弾するの最大不敬を敢てせり」「昭和二十年一月十三日伊勢外宮神域に投弾国民憤激大会誓文」 蘇峰草稿3-357
【口述筆記】講演草稿「ペロポニサス戦争と世界戦争」 草稿・原稿 毛筆書き 19x175cm 「ペロポネサス戦役当時のアテネ及びスパルタのメモ書き同封」 蘇峰草稿6-674
【口述筆記】講演草稿「一億同胞の皆様(紀元節)」(昭和15年2月11日) 草稿・原稿 1940 毛筆書き 17.5x25cmx16枚(徳富秘書課用箋使用) 「殊に大東亜聖戦の最中、敵は正に我が皇国の玄関前とも云ふ可きマーシャル群島に雲集し、閧の声を挙げつつある最中に、神武天皇御即位の紀元節を迎へますることは・・」 蘇峰草稿2-268
【口述筆記】講演草稿「世界史より見たる日本 於松江市公会堂」(昭和13年5月19日) 草稿・原稿 1938 万年筆書き 18.5x26.5cmx11枚(徳富秘書課用箋使用)「玉造温泉 保性館に於て」  蘇峰草稿2-239
【口述筆記】講演草稿「同志社同窓会の日々社賓祝賀会」 草稿・原稿 万年筆書き 17.5x25cmx20枚 「私は甚だ僭越でありますけれ共、第一番にお話申上げることをお願ひ致したのであります。と申しますのは、今夕は東京会館に、私の出身した学校即ち同志社の者達か集りまして、私がこの社の社賓になりましたといふことにつきまして会を催すといふことになったのです。」 蘇峰草稿6-656
【口述筆記】講演草稿「寿康会々員懇親会 於西郷侯爵邸庭園」(昭和12年5月16日) 草稿・原稿 1937 万年筆書き 17x25.5cmx13枚(民友社編輯局原稿紙使用)  蘇峰草稿2-222
【口述筆記】講演草稿「御厨蘇峰会席上先生の講演」(昭和19年9月24日) 草稿・原稿 1944 万年筆書き 18x25.5cmx8枚(中島用箋使用) 「御殿場の町外れ、田中の宝持寺の会場へ行かれる前、松岡洋右氏の予後を見舞ひ、更に幽居の玄関に頭山翁を訪はれた。」「中島記」 蘇峰草稿6-699
【口述筆記】講演草稿「日本新聞協会第二十回大会」(昭和7年4月12日) 草稿・原稿 1932 万年筆書き 16x17.5cmx21枚(蘇峰学人用箋使用) 「日本新聞協会会長清浦奎吾閣下及び会員諸君各位、今や第二十回大会を開催し、特に本協会総裁東久邇宮稔彦殿下の台臨在らせらるるに際し・・」「南胃腸病院に於て」 蘇峰草稿1-111
【口述筆記】講演草稿「日本的民主主義」(昭和26年1月14日) 草稿・原稿 1951 万年筆書き 25x34cmx14枚(二つ折り) 「私は民主化を厭ふものでないばかりでなく、寧ろその本尊といはなければ、少くとも先駆者の一人であります。即ち明治十七、八年から二十四、五年に亙って、平民主義を最も力強く日本に唱へましたものは、恐らくは私であったらうと信じます。然も平民主義なる言葉そのものも、実は私が唱へ出した文句であります。」「一月十四日沼津第五小学校関係の婦人を主とする八十三名の団体来邸に際しての挨拶」「藤谷みさを筆記」 蘇峰草稿4-472
【口述筆記】講演草稿「日本近世史・維新史に関する考察」(昭和13年5月14日) 草稿・原稿 1938 毛筆書き 18.5x26.5cmx12枚(徳富秘書課用箋使用) 「日本人は西洋人に手を引れずとも自から進路を開拓す可き能力を持っている。その道は皇道である。」  蘇峰草稿2-236
【口述筆記】講演草稿「昭憲皇太后」(昭和29年4月1日) 草稿・原稿 1954 毛筆書き 18.5x185cm 「百二十四代中第一」「後半自筆で追加」 蘇峰草稿5-539
【口述筆記】講演草稿「本土決戦必勝論 第一(過去をして過去を葬らしめよ)」(昭和20年7月5日) 草稿・原稿 1945 毛筆書き 18.5x235cm 「今は否ても応ても本土決戦となって来た。我等は潔く之に向て躍進せねはならぬ。」「従来背進の言葉にて国民は欺かれ式は自ら欺た。」「サイパンの一件。今日の禍根は此に根すてはないか」「敵か戦争打切りに焦燥する所以は彼等か一気呵成に我に痛撃を与へんとするものを見て分明た。」「一部自筆か?」 蘇峰草稿3-378
【口述筆記】講演草稿「本土決戦必勝論 第二(必勝の道)」(昭和20年7月5日) 草稿・原稿 1945 毛筆書き 18.5x200cm 「この機会に大詔の渙発を輔弼の臣より奏請実行を希望する」「必勝の9か条を記載」「即時即決即行、国民道義の蘇生」「一部自筆か?」 蘇峰草稿3-378
【口述筆記】講演草稿「本夕は八紘一宇の夕と申すことでありますから」 草稿・原稿 万年筆書き 15.5x17.5cmx43枚(蘇峰学人用箋使用) 「八紘一宇と申すことは、神武天皇の御聖勅の中に『六合を兼ねて以て都を開き、八紘を掩ひて宇となさん』との御言葉から採ったものであらうと思ひます。」 蘇峰草稿6-652
【口述筆記】講演草稿「蘇峰先生九十四回誕生当り」(昭和31年3月8日) 草稿・原稿 1956 鉛筆書き 19.5x25.5cmx4枚 蘇峰草稿5-590
【口述筆記】講演草稿「近世日本国民史百巻完成記念講演会・於日比谷公会堂」(昭和28年6月5日) 草稿・原稿 1953 万年筆書き 16x22cmx15枚 「蘇叟九十一」 蘇峰草稿5-525
【口述筆記】辞令「宮島真之への辞令」(大正2年12月23日) その他 1913 毛筆書き 19x36.5cm 『徳富蘇峰記念館所蔵民友社関係資料集』(三一書房)掲載Ⅰ-30〔民友社・国民新聞社関係資料〕
【口述筆記】顛末「国民新聞組織変更顛末」(大正12年12月) その他 1923 毛筆書き 24.5x34cmx6枚(民友社編輯部原稿用紙使用) 『徳富蘇峰記念館所蔵民友社関係資料集』(三一書房)掲載Ⅰ-36〔民友社・国民新聞社関係資料〕
【吉田松陰筆】色紙「吉田松陰「三余説」」 その他 毛筆書き 19.5x21cm 『徳富蘇峰記念館所蔵民友社関係資料集』(三一書房)掲載Ⅴ-5〔諸関係資料〕